2010年11月13日土曜日

『大前研一 敗戦記』

かなり古いかもしれないけど、大前さんが1995年に都知事選に立候補して落選、その後の参院選にも立候補して落選したときに書いた『大前研一 敗戦記』をちょっと時間が掛かったけど読み終えた。
きっかけは、大前さんの政治や経済の話を色々と聞く中で、どうやら“日本の政治”に関する原点はここにありそうだと思ったので、今はもう絶版になっていたからAmazonの中古で、半年ぐらい前に買っていた。それで漸く読むことが出来た。

それにしても、今も『心理経済学』とか『最強国家ニッポンの設計図』、『民の見えざる手』など読んで来たけど、多くの施策はすでにこの1995年に発表されている内容がほとんどだった。
もちろん、最近の著書とかで言っていることは更にブラッシュアップされているけど、日本に蔓延る政治に関わるもの、政治家の心理、国民の心理、選挙の戦い方、政策、実行…などの根本的な考え方は変わっていないように思えた。


「この敗戦記を世に出して、政治の世界から足を洗った、もう二度と出馬はしない、政治では変えられないことが分かったから、これからは教育に力を入れることにした」と常々言っていたけど、もしこの決意がなかったら最終的に登場するBBT大学院は存在していなかったから、今の自分もいないことになって、自分にとっても重要な書物であったようだ。そういう意味では読めて良かった。絶版だから本屋でも売ってないし、古本屋に行ってもそう見つかるわけでもないから、Amazonがあって良かった。ジェフ・ベゾスに感謝しないといけない。



本の最後には、こんなことが書いてあった。

「思えば、私が選挙に出る前、つきあっていた人というのは日本のごく一握りの人たちだった。財界人、政治家、ジャーナリスト、これらの人々の世界が全ての世界だと考えていた。」
「『文藝春秋』や『日経ビジネス』で、自分の言説は広く受け入れられると早合点していたのだが、60万の雑誌というのは、9000万人の有権者からみれば、芥子粒みたいなものだった。」
「そのことが、二度選挙に落ちてわかった。」


あの大前さん(自分からすると大前学長だ)であっても、所謂“思いこみ”によって全体を客観的に見れていなかったということになる。あの大前さんでもだ。。
今まで散々、「全体を見て細部を見る」、「発散と収束を繰り返す」、「主観を取り除き、思い込みを排除する」、「別の人の立場になって考えてみる」…などと教えられ、それを見事に実行してマッキンゼーの日本支社長にまでなり、あらゆる企業を立て直してきたのに、自分のこととなると“その瞬間”は気付かなかったんだなと思い知らされた。
でも、ただでは転ばず、自分で気づいてそれを素直に認め、また新しく出発している。
何でも自分の糧として成長していく姿はとても励みになる。そんなビジネススクールにいたんだな、そんなひとに自分の卒研を見てもらってアドバイスもらったんだな、日々自分の発言にアドバイスをもらっていたんだな、と考えると感謝で一杯になったし、自分はまだまだひよっこだと思い知らされた。

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